FC2ブログ

素見歓迎  *ハ リ ミ セ*

自作小説発表ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

ランプ

 久しぶりに残業で遅くなった帰り道、ふとした気まぐれで月上良一はいつもと違う細い裏道から駅に向かった。
ふとした気まぐれと言っても、若いうちにありがちな活発な好奇心の引き起こす軽い逸脱、といった類ではない。
煮詰まって、一杯飲んで帰りたい処だがそれ程の小遣いも貰っていない妻子持ち中年男の、それは無意識に選択した精一杯の冒険にして反抗だった。
とは言え、裏路地一本入ったところでそうそう面白い事件があるわけもない。
であるから、薄汚れた飲食店の看板と看板の間に、相応しからぬ骨董の鈍色の輝きを見た時、彼がその足を止めたのも、無理からぬ事であった。

 その骨董店は、幾重にも背景から浮いていた。
飲み屋街の寂れた裏通りにあるのも異様なら、そんな場所にある骨董店が、質流れやリサイクル品ではなく、本物の骨董を扱っているのもおかしかった。
そして、夜9時になんなんとするこの時刻に、店に灯りが点っている事も。

 『まるでダーク・ファンタジーの冒頭シーンだな』良一は思った。
日頃なら、買い物の途中でこんな店を見つけても、決して足を踏み入れなかっただろう。
しかし、今の彼は無意識の冒険者であった。
そう迷う事もなく、彼は店の戸を押した。

 ティーセットや人形、オルゴール等、様々な骨董品が棚の上に無秩序に並べられている。
どうやら、西洋骨董が中心らしい。
年代物が多いようだったが、良一にはどの程度の品か、全く分からない。
店内に人の姿は無かった。
良一は、棚の品を眺め歩いた。

 魔法のランプがあった。

 いや、それが何なのか良一に確信があったわけではない。
そういった形のものを彼は『アラジンと魔法のランプ』の絵本か、ホテルのレストランのカレーでしか見たことがなかったのだ。
カレールウを入れるには少し小振りに見えたので、彼はそれをペルシャのランプと判断した。
銀製だと思うのだが、よく見ると表面に薄く雲がかかったように輝きが鈍い。
人の気配が無いのを確かめて、彼はそっとランプを拭いてみた。
ランプの表面が一部、美しい銀光を放つ。
「魔神は出て来ないな、やっぱり」
呟きながらのぞき込むと、ランプの中に人影が動いた。
ランプの精?いや、反射だ。
良一は振り返った。
いつのまにか、背後に人が立っていた。
ニット帽に毛糸のチョッキを羽織った、小柄な老人だ。
「それが気に入りなすったかい」
微笑むでもなく、じっと彼の眼を見つめながら訊いてくる。
格好はいかにも骨董店の主人だったが、それにしては眼光が鋭すぎる。
「い、いや。願い事でも叶うかな、なんて思って…」
迫力に押されて、良一はそんなことを言っていた。
「願い事か…」
老人が、顔を近づける。
「願い事は叶うかも知れん。じゃがそれは、あんたが本当に願っている事じゃ。『願っていると思っている』事じゃあない」
「ど、どういう意味です?」
「人は、一番深いところで望んでいることしか、実現できないんじゃ」
「僕は、一番深いところで何を望んでいると言うんですか?」
「さあ、それはわしには分からん」
「このランプを買えば、その望みが叶うんですか?」
「それは、あんた次第じゃ」
僕が心の奥底で望んでいる事?良一は考えた。
絶大な力か、この世界の滅亡か、それとも、自らの消滅か…。
「お、お幾らですか?」
知らず、そう訊いていた。

 こういう物語なら幾つも読んだ事がある、と、良一は思った。
欲望を掻き立てられて買い物をした客は、自らの欲望に溺れ皮肉な結末を迎える。そして翌日には、店は跡形も無く通りから消えているのだ。
そんな物語を予感しながら、良一はそれに飛び込む決心をしていた。
平凡な幸せを維持するだけの事に疲れ果て、良一は現実に倦んでいたのだ。
この数十年の人生で、彼は自分の凡庸さを思い知っていた。
神も悪魔も、彼の人生には関心を払わなかった。いや、それ以前に、この世界に神や悪魔などという超自然的なものは居ないという事も、彼は失望と共に学んでいた。
人は凡て、当たり前に苦労し、当たり前に死んでいくだけなのだ。
そう思っていた彼には、悪魔に魂を喰われて迎える最期とは、自尊心を大いに満足させる甘美な夢に思えた。
そんな劇的な終焉を迎えられるなら、人生も捨てたモンじゃない。

 「5万円」
店主が言った。
それは、ちょうど良一の財布の中にあった、今月の小遣い有りっ丈と同じであった。

 良一は、ランプを家族に見つからぬように持ち帰り、部屋の引き出しの奥に隠した。
翌日には貴金属を磨く布を買ってきて、ピカピカになるまで磨きあげた。
決して、願い事を口にしたりはしなかった。
どのみち、それは呪われた品で、自分自身気付かなかったような残酷で皮肉な願いを、それのみを叶えるものだと、固く信じていたからだ。
一週間が過ぎた。
何も起こらなかった。

 もう一度あの場所に行くと、店は変わらずそこにあった。
この前より時間が早かったため、夕暮れの空の下のその店は、神秘の薄皮を一枚剥いだように色褪せ、乾いて見えた。
良一は再びドアを押した。
今度は、中に店主の姿があった。
そしてもう一人。
チンピラめいたアロハシャツの男が、店主の老人と話し込んでいた。
二人は、入ってきた良一に気づくと話を止めた。
店主が男に目配せをし、男はするすると店の隅に退いた。

 「またいらっしゃいましたね」
相変わらず鋭い眼で店主が言う。
良一は、店の中に他の客が居ると思うと気恥ずかしかったが、老人に身を寄せて囁いた。
「何も変わらなかったぞ」
「はい?」
老人が、分からぬ振りで聞き返す。
「ランプを買っても、何も変わらなかったと言ってるんだ」
押し殺した声ながらも、良一の言葉にいらだちが滲んだ。
老人は、鋭い一瞥で良一の次の言葉を止めると、言った。
「何が不満なんじゃ。わしはお前の生活が変わることなんぞ保証しとらん。ただ、心の底から願っている事があれば、叶うだろうと言ったのだ」
「お、同じ事じゃないか」
「もし、お前さんの暮らしが、ランプを手に入れる前と全く変わらんというなら、それはお前さんがその暮らしを望んでいたという事じゃ」
「え…。な、何を…」
「何も決定的なことをせず、ずぶずぶと退屈な日常の中で腐っていくように日々を送るのは、実はお前が望んでいたからじゃないかね?
 何かを変えたくてした事が、飛び込んだ骨董屋でランプを買ってみるだけなどという男に、それ以上の何が降ってくると思ってたんじゃね」
「…」
良一は、何も言えなかった。
そのまま2、3歩後ずさると、暗闇を歩むようにドアを手探り、よろけながら夕暮れの街へ逃れ出た。



 「おいおい、おやっさん。今の誰だよ」
店の隅で成り行きを見守っていた男が訊いた。
「おう、勿論、客じゃ」
鋭い目つきは同じだが、先刻までとうってかわって乱暴な早口で老人が答える。
「勘弁してくれよ、万が一にもここが流行りだしちゃあ、ブツの取引に使えなくなるじゃねえか」
「バカ野郎。だからって、来た客を全員追っ払ってたら、その方が怪しまれらあ。つまらんものを高く売る店だって評判は、立ってくれた方がいいんだよ」
若い男は、それでもまだ納得できないようだった。
「でも今の客、何だか妙に入れ込んでやがったぜ」
「ああ、ありゃあ」
老人は、吹き出すのを堪えるように顔を歪ませた。
「なにか、大冒険でもするみたいな顔で店に入って来やがるからよ、つい、からかっちまった」
「何だよ、そりゃ」
訳が分からないというチンピラの表情に耐えきれなくなったのか、老人は弾けるように笑いだした。

老人の笑い声は、闇の迫る通りまで聞こえていた。
スポンサーサイト
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。