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七夕の夜の月 ~『七夕の夜』という題名で~

 「警部、ちょっといいですか?」
刑事一年目の黒崎が声を掛けてきた。
楢山は、資料を整理する手を止めて椅子を回す。
「何だ?」
「あの、昨日発生した変死事案なんですが…。まず自殺に間違いないという状況なんですが、一つだけ引っかかる点がありまして」
「話してみろ」
「はい」
黒崎は手に持っていたメモ帳を広げた。
「死亡したのは36歳フリーライター前沢祐一、上京区の一軒家で祖母と二人暮しをしています。
7月7日23時頃、医師に処方された睡眠導入剤と家にあった農薬をカプセルに入れたものを同時に服用、明くる8日0時頃中毒により死亡と推定されています」
「農薬はもともと家にあったものか?」
「はい。93歳になる母親が家庭菜園用に7年前に購入し、倉庫に置いてあったものでした」
「うむ」
「ここ数年仕事に行き詰っていたようで、精神科の医師にもかかっていたようです。
しかし、現場に遺書のようなものは無し。ただ…」
「ただ?」
「机の上の真っ白な原稿用紙に、水で文字が書いてあったと言うのです」
「水で?」
「はい。薬を飲むのに用いた缶ビールについた露を使ったものと考えられています」
「写真はあるか?」
「それがですね」
黒崎は舌で唇を湿した。
「今朝、鑑識が到着したときには既に乾いていまして…」
「だったらどうして文字が書いてあったと分かるんだ」
「祖母が明け方に彼を発見したときには、うっすらと読み取れたそうです」
「そうか、祖母が通報を?」
「はい。ただ、救急車だけを呼んだもので、警察への通報は到着した救急隊員が行いまして、タイムラグが…」
「そんなことはいい。で、祖母が読んだその文字はなんと書いてあったんだ?」
「それなんですよ」
黒崎はタメを作るように小さく咳払いを入れた。
「『七夕の夜の月』、と書いてあったそうです」
「七夕の夜の月」
「はい。確かに事件は七夕の夜だったのですが…。
死を前に書き残す言葉としては、どうかと思いまして」
「指についた水で書いたんだ。『書き残す』意図があったとは思えないぞ」
「まあ、そうなんですが…」
黒崎はどうにも釈然としないといった様子で、首をかしげた。

 楢山はしばらく考え込んでいたが、
「黒崎、祖母さんは93歳と言ったな?」
「はい」
「祖母さんに聞いてみなきゃ分からんが…。
それはやっぱり自殺の決意を表した言葉かもしれんぞ」
黒崎の顔を見上げてそう言った。
「え?『七夕の夜の月』がですか?
何か隠された意味でもあるんですか?」
「いや…」
楢山はゴミ箱に突っ込んであった紙を拾うと、裏にいびつな文字を大書した。

月の夜の死

「月の夜の死?」
その『死』の字は横に長く大きく、
__
夕七

という様に書かれていた。
「水で書いた文字だ。『死』の上の一本線は乾いて消えかけていたかも知れん」
そう言うと、楢山は『死』の上の横棒を指で隠した。

月の夜の夕七

「これを右から左に読んでみろ」
「右から左に?
えっと…なな、ゆう…七夕?
七夕の夜の月!」
「そうだ。昭和初期までの人は横書き文字を右から左に読むことが多い。
バアさんもきっとこれを右から読んだんだろう」
「そうか!じゃあ前沢は『月の夜の死』と書いたんだ!ちょっと、自己陶酔めいた自殺の宣言…。やっぱり、覚悟の自殺に間違いありませんね!」
「はしゃぐな黒崎。まず祖母さんに右から左に読んだ事を確認してからだろ」
「あ、はい!」
黒崎は、さっそく聞き取りに行くつもりなのだろうか、駆け足で部屋を出て行った。
「やれやれ」
若いな、と言うように肩をすくめると楢山は、机の上の書類の山に目を戻した。
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