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素見歓迎  *ハ リ ミ セ*

自作小説発表ブログ

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 「先生、ワシに夢を見ないようにしてもらえんかの」
佐藤催眠クリニックを訪れた男は、席につくなりそう言った。
七十がらみの、浮浪生活をしていたのでは、と思わせる身なりの男だった。
「悪い夢でも見るんですか」
「ああ、たまに悪い夢を見る。けど、ワシのことはいいんじゃ」
「はい?」
訳のわからない事を言う老人だ、と思ったが、この商売、客の半分は訳のわからない事を言うものだ。
経営難の折から、どんな客でもおろそかには扱えない。
「ワシが夢を見るとな、それが本当になってしまうんじゃ」
「おやおや」
まいったな、と佐藤は思った。
催眠暗示は性格改善などに効果があるが、精神疾患は治せない。
「例えば、どんなことが本当になったんですか」
疑っている素振りなど見せず、優しい口調で佐藤が尋ねる。
「イラク戦争がそうじゃ。
最近では、毒入りギョーザも夢に見た」
「事件が起こる前にですか」
「起こる前じゃ」
「それは…」
使い慣れた安物のボールペンでカルテに何か書き付ける振りをしながら、佐藤は真面目な口調で続ける。
「それは、予知じゃないですか?
予知夢というものを見る人の報告はあります。
事件が起こることを、一種の超能力で予め察知するんです。決して悪い能力ではないと思いますが?」
「いいや、違う。時々ワシは夢の中で『こんなことを夢に見ちゃいかん』と思って無理に話を変えられることがあるんじゃ。
そんな時は本当に悪いことが起きんで済むんじゃ」
語る老人の眼差しには、明らかな狂気の光が宿っていた。
 狂人相手に理詰めは通じない。
分かってはいたが、佐藤は一つ実験をしてみたくなった。
「では、こうしましょう。
今から私があなたに催眠をかけて、本当ではないことを夢に見せます。
それでもし、現実がその通りになったら、あなたが言う通りあなたの夢が現実を変えている事になる。
その時は、私が責任を持ってあなたを治療します。
で、もし現実が変わらなければ、あなたの夢は、せいぜい単なる予知夢です。
むしろ、その能力を有効に使うべきでしょう」
本当は、あなたの思い込みです、と言いたい所なのだが、患者の激しい反発をおそれて“予知”の線で押すことにした。
それで納得して帰ってくれるなら、何ら不都合はない。
 老人は「よろしくお願いします」とだけ言った。
 佐藤が施術しはじめると、老人はすぐに深い催眠状態に入った。
協力的な上に、暗示にかかりやすい精神状態だったらしい。
佐藤は、彼に見せる夢の内容を考えた。
そうだなあ…
「あなたは今、診察室で眠っています。
すぐ横の机の上には、りんごが一つ置いてある…」

 言ってから佐藤は、机の上のりんごに気付いた。
いけない、いけない。
本当の事を夢に見せても何も分からないじゃないか。
思いかけて、ふと違和感を感じた。
何故診察室にりんごなど持ってきてしまったのだろう。
まあいい、もっと有り得ない事を言えばいいのだ。
有り得ないことと言えば…
佐藤は笑みを押し殺しながら、
「あなたの目の前の医者には、一億円の貯金があります」
と、言った。
「先生には一億円の貯金がある」
目を瞑ったまま老人が復唱する。

 いや、何を言ってるんだ。もともと私には一億円程の預金があるではないか。佐藤は思った。
おかしい、事実そうでないことが、一つも言えないのだ。
「目の前の医者は、純金製のペンを使っている」
「先生は純金のペンを使ってる」

 老人が繰り返した途端、金のペンの重みがずしり、と右手に感じられた。
もちろんこれは、数年前に大枚はたいて購入した、使い慣れたペンだ…。
「まさか」
佐藤は、恐るべき可能性に思い至った。
私が、現実と異なる事を一つも言えないのは、言ったそばからそれが「元々の現実」としてそこに現れるからではないか?
私が今当たり前に思っている机の上のりんごも、一億の貯金も、黄金のペンも、その老人が夢見た故に現れたものではないのか?
 「ばかな…、夢に見た事が現実に取って代わるなんて、そんなバカなことがあるわけが無い…」
佐藤は呆然と呟いた。
老人がぼそぼそと復唱する。
「夢に見たことが現実になるなんて、あるわけがない」

 佐藤は、使い慣れた100円のボールペンで、カルテに“妄想”と書き込んだ。
「さあ、起きてください。あなたの夢見たことが一つでも現実になったか、その目で確かめて御覧なさい」
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