新宿歌舞伎町のつぼ八は、金曜の夜とあってひどく混雑していた。
座敷の一間には、城戸大学ラグビー部の10人ほどが、2次会であろうか、すっかり出来上がった感じで大騒ぎをしていた。
何かの罰ゲームか、一回生の一人が無理やりズボンを脱がされようとしているらしく、
「やめてくださいよ、マジで。マジで!」
「いいからチン○見せろよ山口!」
と、大声が店内に響き渡った。
もともと静かに飲む店ではない。他の客も始めは気にする風も無かったが、エスカレートし続ける馬鹿騒ぎに、次第に眉をひそめる顔が増えてきた。
屈強な、しかもかなり性の悪い酔い方をした若者の集団とあって、店の者も声を掛けかねていた。
と、学生達の座敷と隣の境の襖が開いた。
50がらみの、痩せて小さな角刈りの男が紺色の戦闘服に身を包んで立っていた。
「兄さん方、お楽しみは結構だが、店ェ貸し切っての遊びじゃねぇんだ。ちっとは他の客の迷惑ってもんを考えなすっちゃどうでぇ」
低いが意外に良く通る声で言った。
酒に焼け、異様に深い皺を頬に刻んだその貌は、一見路上に生活する老人を思わせたが、鋭い目付きに崩れた凄みが漂っていた。
一目でカタギではないとわかる風情である。
男の背後には、やはり白や紺の戦闘服の男達が、飲みの手を止めて成り行きを見守りながら座っている。
学生達は、一瞬気を呑まれて黙り込んだ。
「オ、押忍、気を付けます」
主将らしき一人が、胡坐のまま頭を下げて応えた。
戦闘服の男は暫く部屋の中を見回した後、それ以上何も言わずに襖を閉めた。
やがて、抑えてはいるが隣に聞こえる程度の声で、学生達が話を始めた。
「何だよ、今の」
「右翼だろ右翼」
「右翼って何よ」
「何お前右翼知らないのかよ。あの『宇宙戦艦ヤマト』とか大音量で流してる車あるじゃん」
「ああ、選挙カーみたいな」
「あれだよ」
「何ソレ、怖いの?」
「怖いんじゃネ?何せ、アタマ悪そうだし」
聞こえてくる声に、白い戦闘服の若者が無言で立ち上がろうとした。
「やめろ、タケシ。今は公安が目ェ光らせてんだ。こらえろ」
隣に座った四十年配の男が肩を押さえて止めると、タケシと呼ばれた若者は、小さく頷いて腰を落とした。
右翼団体“愛国神撰隊”は、構成員数20人ほどの小ぢんまりとした組織だった。
社会不安の強まっている折から、大いに街頭で宇宙人に膝を屈した政府の弱腰を叩いて、名も売り、企業献金も稼ぎたい所だったが、この所の政府の締め付けは非常に厳しかった。
テロ行為などを行う者を出し、“銀河連合”にレーザー攻撃の口実を与えるのを避けたいのだ。
極左、極右、新興宗教などには全て公安が張り付き、軽微な罪でも捜査を入れて圧力をかけていた。
今は酔っ払い同士のケンカであっても、起こすわけには行かなかった。
20分程して、城戸大学一行が店を出た。
部員の一人が、怪しげな店に案内すると言い出し、「先に帰る」と去った2人を除いて、皆が裏路地に入った時、「ごん」という鈍い衝突音と、くぐもった呻き声が後ろから聞こえた。
酔って足元のおぼつかなくなった仲間が、何かに躓いたのだろうと思った一人が振り返ると、洋酒の空き瓶らしきものを片手に振りかざした白い服の男が空中にいた。
撲り倒した最後尾の男を踏み台にして、跳躍したらしい。
跳びかかって来たのは、タケシだった。
・・・つづく
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2007/10/04(木) 12:57:53|
- 猪野熊アース
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